好き嫌いがある、というだけの話

いつもの食卓の、いつもの時間 読みもの

偏食って、そんなに悪いことなんでしょうか

夕食の準備をしているとき、
「それは食べない」「これはいらない」
そんな一言に、思わず手が止まることがあります。

毎日のことだからこそ、
「このままで大丈夫なのかな」
「栄養、足りているんだろうか」
と、ふと不安になる瞬間もありますよね。

偏食について考えるとき、
正解らしい答えはたくさん目に入ってきます。

「好き嫌いは直したほうがいい」
「出されたものは食べるべき」
「今のうちに何でも食べさせないと」

どれも間違いではないけれど、
その言葉どおりにやろうとすると、
少し息苦しく感じることもあります。

「好き嫌いが多いのはよくない」
「子どもなんだから、出されたものは食べるべき」

偏食について話すとき、こうした言葉を耳にすることは少なくありません。
確かに、栄養の偏りが長く続く状態は、望ましいとは言えないでしょう。

ただ一方で、
「食べたがらない」という事実そのものを、
すぐに「悪いこと」と決めつけてしまっていいのか、
少し立ち止まって考えてみたくなることがあります。

体調や成長段階、感覚の敏感さ。
そのときの身体が、ある栄養や食材を強く必要としていない、
あるいは受けつけにくい状態にある、という可能性もあります。

もちろん、
「嫌いだから食べなくていい」「何でも自由でいい」
という話ではありません。

大切なのは、
目の前の行動だけで判断しないことだと思っています。

最近では、
毎食完璧を目指すよりも、
全体として必要な栄養がどう確保されているかを考える、
いわば「栄養設計」という考え方が広がってきました。

苦手な食材があるなら、別の食材で補う。
食事だけで難しい部分は、サプリメントという選択肢もある。
数日、数週間という単位で、全体が整っていればいい。

そこにあるのは、
理想論よりも現実的な判断であり、
完璧を求めすぎないための知恵です。

「全部できていないからダメ」ではなく、
「今、どこが足りていて、どこを補えばいいのか」を見る。

偏食という言葉の裏には、
その人なりの体の状態や、感じ方、タイミングが隠れていることがあります。

一つひとつを正すことに追われるより、
全体として無理が出ていないか。
長い目で見て、ちゃんと回っているか。

そんな視点を持てるだけで、
食事に向き合う気持ちは、少し楽になるのかもしれません。